皆様、こんにちは。オフィスTヒーリングセンターの外川(とのかわ)です。
オフィスTヒーリングセンターでは、ACの方々の生きづらさからの回復に取り組んでおります。
ACというのは、「Adult Children(アダルトチルドレン)」の略語で、機能不全家族で育ち、成人した今も「人が怖い」、「コミュニケーションが苦手」などの生きづらさを抱えた方々を意味します。
「生きていてくれて、ありがとう」
いつもは冷静であろうとしている私ですが、今回の清里では気持ちがすごく溢れました。
そして私が感じたことは、
「死なないでくれて、本当にありがとう。」
「本当によく頑張って生き延びてくれてありがとう。」
そんな思いでした。
そして、皆さんが笑いあっているのを見ると、涙が溢れました。
みんなが楽しそうに話しているのを見ると本当にうれしくて、その光景が心に沁みました。
はじめは、人が怖くて一緒にいても何か「ぎこちない」、そんな感じでしたが、回を重ねるごとになじんでいって、今回は「自然に安心している」というように見えました。
そして初めは泣くことしかできなかったけれど、やっとその苦しい思いを言葉にできて、本当に良かった。
そんな言葉しか出ないくらい、この苦しさを乗り越えて生きていることに感動しました。
こんなに苦しい中を、本当によく生き延びてくれた。
すごい力だと言いたいです。
自分を大切にするってわからないってみんな言うけど、
苦しくても、生きることを選択し続けて来たことこそが、自分を大切にしてきたってことじゃないでしょうか。
自分をあきらめなかったこと、それもただ生き延びただけでなく「何とか、もっと良くありたい、楽になりたい」と望んで自分に取り組むことを選んでくれて本当にすごいと思います。
どれだけ苦しかったか、
どれだけ怖かったか
今回初めてその苦しみを語れましたね。
参加者のC子さんは、16年経って初めて心の中の言葉にならないその思いを言葉にできました。
小さい頃は「イヤだな」と思っていても、それがどういうことなのかも分からなくて、とにかく親の言うとおりにしていれば、とりあえずはこの嵐は収まることを学び、いつの間にかそうすることが当たり前になって、自分の気持ちなんかどこかに行ってしまいます。
そうしているうちに気持ちを飲み込む癖ができ、余計に話せなくなっていくのです。
この苦しさを分かって欲しいと望みながらも、話さないから人には分からない。
そしてどうせ分かってもらえないという悲しさも抱え、人とも距離ができてしまい、さらに人と関わることが怖くなってしまいます。
そして言葉にすることはとても怖いことで、それを言ってしまえば親を責めることになるとか、悪口と感じ、そう思う自分を責めていて、表現するのは怖かったのです。
そんな葛藤の中をとにかく生き抜いてこられました。
トラウマとは、その人の人生を通して影響を受けてしまいます。
親との関係がこれほどまでに、人生を苦しめるなんて
「お母さん、私もう47才だよ」
「こんなにも、あなたは私を苦しめたんだよ。分かってる?!」って話された方もいました。
本当に皆さんよく頑張てきました。 もう、お母さんの心配はお父さんに任せて(夫婦の問題)、これからは自分の幸せを望んで生きてくださいね。
「死ぬのも怖いし、死ぬ勇気がなかった、情けない私」というけれど
それでよかったんです。
誰だって死ぬのは怖いですよ。
生きる方がもっと辛かっただろうけど、それでも生きて、仕事して、一日一日を生きてきたこと誇りに思ってください。自分の力に気づいてください。
辛い日々を生きてきた、その勇気に、感謝します。よく生きてきてくれました。
今回ほど、涙の流れる清里はなかった
何度も何度も清里へ来て、苦しみを語って、語って、いろいろワークして、たくさんの月日を過ごしてきて、今、やっと深い深いところにしまってきた言葉にできなかったその思いを、苦しさを、言葉にできるくらいに癒しが進んで、成長して、今初めて語れました。
皆、泣いて、泣いて、泣いて・・・
やっとこの苦しさを、形あるものにすることができました。
ワークが進みそれぞれの苦しさを語るとき、今でも体が震えてしまうほどの恐怖の中を生きてきたことが、しっかりと伝わりました。
高校生頃が一様に苦しさがある時期で
人が怖くなって・・
人の目が怖くなって・・
誰とも話せなくなって・・
それでも学校へ通い、部活もし、周りと同じようにルーズソックスをはいて、スカートも短くして・・何とか、孤立しないように、一人ぼっちに見えないように、必死で学校へ通いましたね。
体が震えちゃうし、話そうとしても、声も震えちゃうし、まともに声が出ないし、「変な子」と思われてる。それが怖くて、怖くて、向こうで笑いあっている人がいると自分のこと言ってるんじゃないかと思っちゃうし、誘ってくれる人がいても反応が楽しくできないからいつの間にか一人ぽっちになってるし、部活だって、本当に仲いい人しか話せないし、後輩が怖かった。
母に助けを求めても
「何言ってんのよ」 と言われ・・・「本当なのに」と言っても、
「普通にしてればいいのよ」と・・・でも私には「普通がわからないんだよ」
「普通ができないんだよ」と言っても、
母は、「思い過ごしよ」と言うけれど、・・・「違うよ」「本当に苦しいんだよ」
「死んじゃいたいくらい、苦しいんだよ」
怖いと思い始めると、何もかもが怖くなっちゃう、それなのに、母は何もわかってくれない。
まともに聞こうともしてくれない。面倒くさそうにされる。
そうやって、どんどん傷ついて行って、それでも当時はまだ引きこもるとかありえないことだったし、学校を休むなんて親には理解しがたいことで、逆にヒステリックに怒られて、恐怖の中を学校へ行くしかなかった。
本当によく乗り越えてきたと思います。
さらに、そんなに苦しいのに大学受験もして、でも母の望む大学には入れなくて、だって、勉強しようとしても、集中できないし、体が苦しくて、疲れきっていて、本を開いても眠ってしまうし、さらに母親に怒られて、、というよりバカにされて、悲しくて、誰にも分ってもらえない、この苦しさを抱え、さらに「私どうなっちゃったんだろう」と不安に押しつぶされそうになって、でも助けを求めることができなかった。
そこがACの皆さんの苦しいところです。
みなさんが言うのは「助けてほしかった」
「病院に連れて行ってほしかった」
昔は、「家族に精神病者が出たなんて知れたら恥だから」と、うつ病やうつ状態を恥と扱われ、苦しさにさらに苦しさを重ねて、それでも頑張っていた。
ACの皆さんの問題は、母親が子供の異変に気づかないこと。
苦しさを理解しないこと。まともに受け取らないこと。母親の都合を優先していること等々。
「死んだほうがいい」と思っていた。
でも、「自分は負けず嫌いで、何としても、通い続ける」と頑張っていた方
「不登校になるなんて、もっと苦しいことになる」「家にいることも出来ない」。
そんな苦しさを、生き延びてきました。
ACの苦しさを軽く見てはいけない
皆さんにとって、問題は苦しい、つらい、悲しいという気持ちの問題だけでなく、様々なことを表現する力を失っているということでしょう。
そもそも家庭環境の中にコミュニケーションが存在せず、朝の挨拶さえないことがほとんどです。だから、どう話せばいいのかわからないのです。人の輪に入っていくのが怖いのです。
今、私たちはグループで話す練習をしています。安心していいことを知っていこうとしています。それも、練習が必要なのです。そしてそれはできるようになるのです。
参加者のおひとりが話してくれたのですが、
私たちスタッフは、皆さんが帰られるとき、バスが見えなくなるまで手を振ってお見送りをします。
それについて話してくれたのですが、
「ああして、見えなくなるまで手を振って見送ってくれることは」、「自分を信頼して送り出してくれる」「それが社会に出ていく勇気を与えてくれるのだとわかりました」と話されました。
見守られているという感覚、信頼されている感覚、いつでも帰って来れる場所がある安心感。いつでもそこにいて自分を待っていてくれる、いつでも受け入れてくれる安心感。
そういったものを感じると。
そういった日常のちょっとした一コマが、実は子供の勇気や自信、自己肯定感などを育てて
いるのですね。
自分は大切な存在なのだとか、ちゃんと愛されているのだとか、子どもにとって、ものすごく大事なものをその瞬間に感覚で受け取っていく。だから安心して学校へ行けるのですね。
「それがなかったから、私は今、苦しいのです」と話されました。
「おはよう」「おやすみなさい」
「行ってきます」「行ってらっしゃい」
「ただいま」「お帰り」
そんな言葉の一つ一つを大切に生きていきましょう。
皆さんが大きな収穫を得られた秋の清里。
そして皆さんが癒されて、確実に変化してきたことを実感する清里ワークでした。
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どうぞお一人で苦しまず、一度ご相談いただければと思います。
お気軽にご相談ください。
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ぜひ、カウンセリングであなたの苦しさについてお聴かせください。